7月2日〜7月8日の日記 | ||||||||||
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7月8日(土) 午前中から歯医者。 今までの治療の中で一番痛かった。前歯の下、右はじの神経を取った。現在右下の奥の大工事をしているのだが、工事中に左上の差し歯がおちたりもして…なんだか私の口の中はガタガタのボロボロだ。 おちた差し歯を見つめて歯医者のオヤジは 「今度…おちたらオレにも策があるからな」 と差し歯に向かって言っていた。変なオヤジ先生だ(策があるなら最初からしろよ!)。 |
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夜、チキンカレーを煮込みつつゲーム、「遙かなる時空(とき)の中で」をやっていた。 ゲーム中、水槽をいじっている西田屋ちんころりんさんが、 今から5年前…私をアンジェリーカーにした張本人は、西田屋ちんころりんさんだったのだ(西田屋…お主は策士よのぅ)。 |
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7月7日(金) さすがによく寝た。西田屋ちんころりんさんのお目覚めは早かった。朝の8時。 |
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お昼に味噌カツ弁当を買って、新幹線で東京に帰った(2時半には着いていた)。 夜、どかちん漫画家のカジーから電話。土方に行った先で、カルガモの親子が道路のミゾにハマっていたのを助けたそーだ。 |
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7月6日(木) 夕方、名古屋に行って「うまい肉」を、漫画家の須賀原洋行先生ファミリーと一緒に食べた(名古屋の「吟」というお店)。 |
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まるでロシアの、お人形の中からお人形が出てくるおみやげ品みたいだった。 出てきたお肉は、わざわざ名古屋まで食べに来ただけの価値のあるものだった。たんのうした。おみやげに「子牛登記証明書」をいただいた。「鼻紋」が押してあり、曾祖父の代まで血統が記録されている。このお店ではだいたい月に一頭、牛を買っているそうだ。 夜は西田屋ちんころりんさんと、名古屋観光ホテルに泊まった(とてもいいホテルだった)。 |
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7月5日(水) 昼過ぎからモコ・オヤジの病院に行った。七夕祭りで笹に付けられた短冊に、患者さんの願い事が書いてある。 |
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帰りにとなり町に出来たマイカル・サティをのぞいてみた。スーパーかとおもってたら、なんだかデパートみたいだった(びっくりした)。 夜から明け方まで西田屋ちんころりんさんは、パソコンで、私が新しく作るホームページのために大忙し(ごめんね、どうもありがとう)。 |
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7月4日(火) 夜、文春漫画賞の受賞を祝う会に行った。 久しぶりにあったおおひなたごう先生に、私はいきなり |
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と言ったのであった(ごめん、でも本当だからしかたないよね)。 私はガッチャマンのTシャツを着ていた。モスグリーンで、パッと見ガッチャマンとはわかりにくいのに、いろんな方に |
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7月3日(月) 西田屋理華姉さんが手作りスコーンを持ってお昼からアシスタント入り。 なんと! とうとうお便所に恐怖のゴキブリ大王が出現(このマンションは古いのだが、ゴキブリは今まで出なかったのだ)! |
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「ギ…ギャーでた! でた!!」 大あわてで西田屋ちんころりんさんを呼び退治してもらおうとお便所に引っ張っていったら、ソレを見た瞬間…西田屋ちんころりんさんの顔が「サーッ」と青くなったのだ(ホント)。 「しまった! ダメじゃん!! 夫の人じゃ退治できん」 とっさの判断で、西田屋ちんころりんさんをお便所から引っぱり出し、私はスリッパを握った。 「スリッパはやめようよ」 力無く西田屋ちんころりんさんは言った。 スリッパでツブした後のことを考えてしまったようだ。 「よ…よしわかった! じゃあこれだ」 スリッパの下に新聞紙を重ねて、私はその虫をぶったたいた。 「ベチャ」 「ギャー! 汁が…しる……!!」 壁に付いたその方の体液を見て私は再び大騒ぎをした。 壁はにしだやちんころりんさんが拭いてくれた。 つかれた。 |
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7月2日(日) ひたすら仕事。 SONYの井深大氏が生前こんなコトをおっしゃってました。 |
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「私はやっぱりシアワセだ」 と思った。 |
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